2-1)ポールウォーキング指導者の役割
ポールウォーキングの運動指導は、クライアントの現状の態様を客観的に捉えて、その希望する目的達成に向けて、ポールウォーキングの正しい技術の指導を行うと共に、適切なエクササイズ(ウオーミングアップ、クールダウン、筋力トレーニング等)や関連する知識、情報を提供し、クライアント自身の行動を変容させてゆくことと言えます。
従って、ポールウォーキングを指導する者としては、ポールウォーキングの技術指導という面ではインストラクターであり、目標達成のために必要なトレーニングの提示とサポートを行っている点ではトレーナーでもあり、クライアント自身に目標達成への自主活動を促す点ではコーチでもあると言えます。
2-2)理想のポールウォーキング指導者とは?
良きインストラクターであり、良きトレーナーであり、良きコーチです。
・良いインストラクターとは?
① クライアントとの信頼関係を構築できる。
② レッスンに集中させるのが上手い。
③ その日の体調に合わせて、瞬時にその人に合ったメニューを組み立てられる。
④ 指示出しが明確。
⑤ ここぞという時に声掛けしてくれる。
⑥ インストラクター自身がコンデションを整え健康的であると同時に見本の動きも美しく見せてくれる。
・良いトレーナーとは?
① 自分の目標に合ったトレーナーである。
② 自分の理想とする体である(その分野の経験が豊富で知識も磨いている可能性が高い)。
③ リハビリ目的や持病がある人にとっては、医療系やCSCSなどの資格を保有する経験豊かである。
(注)CSCSとは、米国NSCAが発行している「認定ストリングス&コンディショニングスペシャリスト」という資格です。
④ どんなトレーニングをしたらよいか、どんな食事をしたらよいかをただ伝えるだけでなく、お客の心境やモチベーションもくみ取った寄り添った適切なアドバイスができる。
⑤ 接客業として、きちんとした態度や対応ができる。
・見た目:清潔感、笑顔、姿勢が良い。目からの情報は55%。
・寄り添い:とにかく細かいサポートができる。
・熱量:時に心のこもった熱い言葉掛けができる。
・営業をしすぎていない。
・お客様の結果を追求している。
・一般的なトレーニング方法を指導するのではなく、安全にお客様が望むトレーニング方法で、結果が見える期間を設定している。
・必要な知識を豊富に持っている。
例えば、栄養学、解剖学、運動生理学、減量増量の知識、トレーニングの知識、疾病改善の知識、ストレッチなど疲労回復の知識、目標設定などコーチングの知識等。
⑥ 体のバランスをチェックでき、改善方法のアプローチをしっかりと説明でき、十分なスキルを持っている。
例えば、耳垂(耳のあたり)、肩峰(肩のあたり)、大転子(大腿の付け根あたり)、外果(外くるぶし)などの位置からバランスをチェックして、それに対する改善方法のアプローチができる。
⑦ 健康診断の数値を聞いて正常、要注意、異常が分かる。
⑧ 始めのカウンセリング時の対応が良い。
・教えてくれる内容が分かり易い、
・専門用語を使わずに話してくれる、
・悩みを聞き、解決策を示してくれる、
・質問にはっきり答えてくれる、
・身体が自分の目的としている姿に近い、
・自分の性格に合っている、
・初めに、何のために受けに来たのか、今後どうなりたいのか、どんなことが得意でどんなことが苦手なのかを聞いてくる。
・良いコーチとは?
① 短い時間でラポールを構築できる。
ラポールとは、クライアントとコーチの間に築かれる信頼関係のことです。
② 効果的な質問をすることができる。
③ 多角的な観察をすることができる。
④ 効果的なフィードバックをすることができる。
(注)コーチの役割は、クライアントが自ら答えにたどり着くようサポートすることですが、物事を多角的に観察、分析する視点を持っていることが望まれます。「鳥の目、虫の目、魚の目」で比喩される物事を観察・分析する多角的な視点です。
・鳥の目:物事を全体からとらえる視点。目先の小さな物事にとらわれずに、大局的に見渡すマクロの視点です。
・虫の目:物事の詳細を分析する視点。実際に存在すモノやコトを構成する要素に焦点を当て、丁寧に分析するミクロの視点です。
・魚の目:物事を流れとして捉える視点。例えば、「過去から現在、現在 から未来」の時間軸や、「因果、順序、過程」など論理や関係のつながりとして捉えるトレンドの視点です。
最近では、この3つに加え、
・蝙蝠の目:逆の立場で見る、発想を変えるという視点。様々な角度から観察し常識や前提に捕らわれずに、本質を追求するための視点、
が必要と言われています。
2-3)運動技能のインストラクション
ポールウォーキングの技術指導にも役立つ科学的手法であるインストラクショナルデザイン(教えることの科学と技術)を紹介します。
***向後千春:上手な教え方の教科書‐入門インストラクショナルデザイン、2015年、株式会社技術評論社より抜粋引用***
1)基本原則:スモールステップの原則(段階的にインストラクションを行う)
複雑な運動技能も単純な運動技能から構成されているので、単純で簡単な動作からゆっくり始め、それが十分マスターできたところで、基準を少し上げて、より正確に、速く、滑らかにその動作ができるようにトレーニングしていきます。
2)シェイピングの10の法則 by カレン・プライア(Karen Pryor)
シェイピングとは、行動分析学の用語で、人や動物に、今までにやったことのない行動を獲得させる方法です。
① 基準を少しずつ上げる、
② 一時に一つのことだけを訓練する、
③ 基準を上げる前に、現在の段階の行動を変動強化で強化する(現在の段階で獲得されたスキルの中のもっとも良い行動を選択的に強化する(例えば、うまくできた動作だけをほめる)ことによって、スキルの質を高めます)、
④ ステップを上げたら基準を一時ゆるめる(ステップを上げると、以前できていた行動が一時的にできなくなったり、不安定になることがよくあるので、叱らず、トライさせる)、
⑤ 学び手をたえず観察する(進度は、学び手によって異なる)、
⑥ 一つの行動は一人の教え手が教える(教え手は、学び手を観察し、トレーニングの進捗を判断しなければならない)、
⑦ 進歩しない時には別のやり方を見つける、
⑧ 訓練をむやみに中断しない(訓練中は訓練に集中する)、
⑨ 一度できた行動でも、またできなくなることがある。その時は、前の基準に戻る(前のレベルに戻ることで、わずかな時間で復習できる)、
⑩ 1回の訓練は、できれば調子が出ているときにやめる(トレーニングを終了するタイミングは、学び手がうまく行動を習得した時に終了するのが良い)。
3)スキナー(B.F.Skinner)の行動分析学
行動分析学は、「どうすれば行動を変えることができるか」についての科学です。
行動随伴性とは、行動とともに起こる環境の変化がその後の行動の出現頻度を決めるということです。
・強化と弱化:強化とは、行動の出現頻度が高まることであり、弱化とは行動の出現頻度が低くなること。
・好子と嫌子:好子とはもらってうれしいもの、行動が強化されたときにその行動の直後に生じたこと。嫌子はもらっていやなもの、行動が弱化されたときにその行動の直後に生じたこと。
行動随伴性には、「好子or嫌子」の「出現or消失」によって行動は「強化or弱化」する4つのパターンがあります。
出現 消失
好子 強化 弱化
嫌子 弱化 強化
日常、人は気付かなくても、子供のしつけなどで、この4つのパターンのいずれかを使っています。
(例1)好子出現による強化
直前 おやつがない
行動 宿題をする
直後 おやつが出る
(例2)好子消失による弱化
直前 おやつがある
行動 散らかす
直後 おやつが出ない
(例3)嫌子消失による強化
直前 ガミガミ言われる
行動 宿題をする
直後 ガミガミ言われない
(例4)嫌子出現による弱化
直前 ガミガミ言われない
行動 散らかす
直後 ガミガミ言われる
ある状況下で、ある行動を取ると、その状況が変化します。その変化がその人にとって好ましければその行動は強化されますし、好ましくなければ弱化されます。このように行動が変化していくことを行動分析学では『学習』と呼んでいます。
4)続けさせる技術:強化の技法
①即時フィードバック:
強化したい行動が起こったら、すぐに(1分以内に)好子を出す。直ぐにほめるなど。
②強化のスケジュール:
・固定強化:
一定期間ごとに強化があるもの。出来高給など。
・変動強化:
不規則な時間ごと、あるいは行動の不規則な回数ごとに強 化が行われる。例えば、ギャンブル。
③好子は少ないほど良い:
一般的には、好子の効果を長く持続させるには、好子は控えめに出すことが必要です。
④強化は双方向的である:
学び手の特定の行動が強化された結果そのものが、教え手の教えるという行動を強化します。信頼や愛情とは、二人がお互いに相手を強化し続けている状態です。
5)コースの設計
コースは、特定された運動技能、認知技能、あるいは態度を習得させるという一貫した目的を持ったインストラクションの集合です。以下の6つの要素を持った一連の流れです。
① ニーズ :技能習得の目的
② ゴール :コースの終着点
③ リソース :学習に有用な資源、教材など
④ 活動 :行動
⑤ フィードバック:行動に対して提示される反応
⑥ 評価 :パフォーマンスの測定コースの有効性確認
コースの設計は、「ことづくり」でもあるポールウォーキング歩行会を企画する上でも有用です。特に歩行会を連続して行う場合には、必須とも言える思考技法です。
2-4)コーチングの基本技法:GROWモデル
コーチングの基本技法であるGROWモデルを紹介します。
この技法はビジネスの世界でも広く使われています。
G:Goal 目標・目的
目的・目標を明確にするには、5W1Hで記述したり、Smartの法則に沿って記述します。
(注)『Smartの法則』
・Specific(具体的):
具体的にイメージできる、
・Measurable(計測可能):
計測可能、数値にして分かり易く、
・Agreed/Achievable(合意した・達成可能な):
達成可能だが簡単ではない、
・Realistic/Related(現実的・関連性のある):
現実的で一貫性を保っている、
・Time phased(期限が明確):
時間の段階ごとに実行することが設定されている。
R:Reality 現状
内的要因、外的要因を洗い出します。
Resource 資源
すでにある資源を把握します。
O:Options 行動の選択肢
現状と目標とのギャップを埋めてゆくための具体的な方法を列挙します。
W:Will 自己決断
どの選択肢を実行に移すか本人に決めてもらいます。
① 目標が高い時には、段階ごとにサブ目標を置き、GROWモデルに則って順次サブ目標を達成してゆき最終目的を達成するようにします。
② クライアントの真の欲求に耳を傾け(傾聴)、クライアントの性格や思考に沿って、理解・納得のし易い説明や質問をします。
(注)コーチングでの必須能力はコミュニケーション力です。まずは「傾聴」が重要ですが、コミュニケーション力の一層のアップを図るには、藤本学、大坊郁夫(2007)の研究に基づくENDCOREモデルが参考になります。ENDCOREモデルとは、「コミュニケーション・スキル(能力)」を6つの能力に細分化し、それらを“基本スキル”と“対人スキル” の2階層に分け、さらに“表出系”、“反応系”、“管理系” の3系統の階層構造に統合し意味づけしたものです。
6つの細分化された能力とは以下の6つです。
①自己統制
自分の感情や行動をうまくコントロールする力のことです。
・得意な人の例
ストレスが溜まったら、休憩して深呼吸をすると落ち着くと知っている。
・苦手な人の例
ストレスが溜まると、ついカッとなって人に当たってしまう。
②表現力
自分の考えや気持ちをうまく表現する力のことです。
・得意な人の例
「最近あまり会えてなくて寂しく思ってるの。」
・苦手な人の例
「私が怒ってる理由がどうしてわからないの!」
③読解力
相手の伝えたい考えや気持ちを正しく読み取る力のことです。
・得意な人の例…「大丈夫って言ってるけど大丈夫じゃないよね?心配事はなに?」
・苦手な人の例…「大丈夫ってことだから、いつまでも不安な顔しないで頑張ろうね!」
④自己主張
自分の意見や立場を相手に受け入れてもらえるように表現する力のことです。
・得意な人の例…「この提案を採用すれば、全体の効率は良くなるけど一つひとつのケアが手薄になるから私は反対かな。」
・苦手な人の例…「この提案、わたしは反対です!」
⑤他者受容
相手を尊重して相手の意見や立場を理解する力のことです。
・得意な人の例…「このツールを導入すれば、皆の売上成績もきっと良くなるね!」
・苦手な人の例…「便利なツールを導入しても、皆の成績が上がると思ったら大間違い」
⑥関係調整
周囲の人間関係にはたらきかけ良好な状態に調整する力のことです。
・得意な人の例…「最近、○○さんは元気がないみたいだからご飯に誘ってみようかな」
・苦手な人の例…「最近、○○さんって付き合い悪くなったよね。もう誘わない方がいいかしら」
作成者:峯岸 瑛(みねぎし あきら)
作成日:2022年11月17日
文献
1.向後千春:上手な教え方の教科書‐入門インストラクショナルデザイン、2015年、株式会社技術評論社
2.マックス・ランズバーグ(著)、村井章子(訳):駆け出しマネジャー アレックス コーチングに燃える、2004年、ダイヤモンド社
3.藤本学、大坊郁夫:コミュニケーション・スキルに関する諸因子の階層構造への統合の試み、パーソナリティ研究 2007 第15 巻 第3 号 347–361
4.藤本学:コミュニケーション・スキルの実践的研究に向けたENDCOREモデルの実証的・概念的検討、パーソナル研究、2013 第22巻 第2号156-167
5.長谷川弘道:ポールウォーキングの継続性をねらいとするプログラムの展開方法~ポールウォーキングエクササイズの提案~、NPWA会報誌Vol.12(2017)
6.笠原淳子:ポールウォーキング指導活動を継続できた私の秘訣(中間報告)、NPWA会報誌Vol.12(2017)
7.倉方てる美:フィットネスインストラクターのポールウォーキング指導活動、NPWA会報誌Vol.17(2018)
8.倉方てる美:『倉方てる美のPWのための標準的なストレッチ』、NPWA会報誌Vol.18(2019)